人類進化学者の海部陽介がアーティストたちと語る! なぜ、人類は海の道を渡ったのか?

人類進化学者の海部陽介がアーティストたちと語る!
なぜ、人類は海の道を渡ったのか?

上野恩賜公園で行われたスペシャルアートイベント「UENOYES 2019/FLOATING NOMAD」2日目には、日比野克彦さんと山縣良和さんに加え、国立科学博物館人類研究部人類史グループ長で人類進化学者の海部陽介さんによるトークイベントが開かれた。海部さんは3万年前、人類が海を越えて未踏の島にどうやって渡ったかを知るため、台湾から与那国島まで、人力による丸木舟での実験航海に挑戦し、成功させた。イベントでは航海に使われた丸木舟をバックに、3人の話は、実験航海の様子から人類の歴史におけるアートやファッションの始まり、その存在意義にまで広がった。

日比野克彦さん(UENOYES総合プロデューサー、現代美術家)

3万年前、なぜ人類はあえて海を渡ったのか

日比野克彦(以下、日比野) 「FLOATING NOMAD」と海部さんの研究には共通点がたくさんあると思っています。まず僕たちの後ろにある丸木舟がどういうものか、説明していただけますか。

海部陽介(以下、海部) 6年ほど続けてきた 「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」のために作りました。2019年7月7日から9日にかけて、男性4人、女性1人が乗り込み、台湾から沖縄の与那国島まで手こぎで航海し、無事に到着した舟です。
3万年前といえば旧石器時代。人類が「原始人」と呼ばれていた頃です。でも、遺跡などから人類が初めて海に出た時代であることがわかっています。しかも、冒険心から無謀に船出したのではなく、移住を目的に海を渡っている。そのためには、血縁関係のない男女がグループで渡らないといけません。なぜ、やらなくてもいい危険をあえて冒して海を渡ったのか。その思いと技術を知りたくて実際に舟を作り、航海してみたのです。

海部陽介さん(「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」代表、国立科学博物館人類研究部人類史グループ長)

山縣良和(以下、山縣) 海部さんが一番、疑問に思ったことはなんでしょう?

海部 やっぱり「なぜ海を渡ったのか」ですね。今もこの謎は解けていません。

日比野 その場所にいられないから、航海に乗り出していくこともありそうです。

海部 3000年前の新石器時代になると、帆走の技術を使ってポリネシアやミクロネシア、ハワイにまで行っています。でも、3万年前の人たちにはそこまでの技術も情報もない。向かう先の島にどんな動物や植物があるかもわからないのに、航海しています。その原動力はなんだったのか。

日比野 気持ちはどこにも残っていないから、やってみないとわからない。

海部 そうなんです。プロジェクトでは与那国島が見えるかどうかを確かめたくて台湾の山にも登りました。現地では「見えない」と言われていましたが、山ごもりして、3日目の夕方にようやく見ることができました。朝と夕方の条件がそろったときに限られていたんです。

山縣良和さん(UENOYES2019“FLOATING NOMAD”ディレクター、ファッションデザイナー)

モノの交易が知恵と技術を生み出し、育む

山縣 僕も最近、日本人の民族移動を勉強するなかで、「貝の道」の存在を知りました。沖縄で採れる貝が九州島に運ばれ、装飾品として加工されていたんです。

海部 「貝の道」は交易という経済行為。彼らは沖縄と九州を往復するために黒潮を逆行するルートを通っている。歴史は富と権力を握る人に目が向きがちですが、僕は実際に動かした「運び屋」のほうに興味が湧きます。

日比野 欲しい人がいるとモノを動かそうとする人が出てくる。そこで、どうしたら黒潮を逆走できるか、知恵が働くんでしょうね。

山縣 昨晩のファッションショーでも最後に水の上を大きな荷物を持って渡っていくというシーンを作ったんです。偶然ですけど、まさに「運び屋」のイメージですね。

海部 昔の人は、方向に対しても現代人と違う視点を持っていたと思います。

日比野 地球儀も地図もないと、空間の捉え方が今とまったく違っていそうですよね。

山縣 地図がない世界では何が一番、研ぎ澄まされるのか、体験してみたいです。

日比野 昼なら太陽が、夜なら月や星を航海に利用できますね。

海部 天体は頼りにしていたでしょう。ただ、今回の航海でもそうでしたが、星がいつも見えるとは限らない。だから、風向きや波のうねりも方向の確認に使います。ただし、星に比べてどんどん状況が変わるので、数時間しか信用できませんけど。3万年前は帆船の技術がないので、前進するには人力でやるしかなかった。僕らは技術がなくても、人力でできる部分がかなりあるんじゃないかと予測し、その立証にも興味がありました。

イメージを作るのがホモサピエンス

日比野 僕も最初に絵を描いた人はなぜ描いたのかという疑問を解決したくて、最古の洞窟壁画を見に行ったことがあります。お願いして閉館後に電気を消してもらい、洞窟の中に小一時間いました。暗闇に目が慣れてきたらうっすらと何か見えるかと思ったけど、ぜんぜん見えない。本当に真っ暗。
そこで感じたのは、暗闇で何も見えないから、頭の中にイメージが浮かぶのではないかということでした。そして、昔の人たちは脳内で起きている現象と理解できず、恐怖心やつじつま合わせのために、わーっと絵を描き始めたのかもしれない。

海部 イメージは今、考古学者が注目しているテーマです。イメージがシンボルを作るからです。人間とはどんな存在なのかを定義するとき、シンボルを作るのがホモ・サピエンスという考え方があります。たとえば、言語もシンボルです。音に意味を持たせているから、意味を理解し合えるんです。

日比野 イメージの獲得には暗闇が必要だったのかもしれません。そして獲得したから、絵も描けるし、言語というコミュニケーション手段も生まれてきた。

海部 航海とアートには共通点がありますね。やらなくてもいいことなのに挑戦している。人間は生物として生き延びるためには不必要なことをいっぱいやるんです。そこが人間の面白さであり、動物と違う点です。でもなぜやるのかはわかっていない。

日比野 人間って何か作りたがるんですよね。僕たちも昨日今日と、なぜ段ボールでがちゃがちゃ作っているんだろうって(笑)。

海部 まさにそうですね(笑)。世界のどこに行っても音楽があり、言語があり、絵を描いている。人間が民族やライフスタイルが違っても共通するものを持っているのは、アフリカで進化したホモ・サピエンスがそうした基盤になる能力を持っていたからです。ここでいう「基盤」とは生物学の用語ですが、特定の行動を生み出す基礎的能力のことで、全世界のヒトが共有しているもの。だから、ラグビーの試合を見てみんなが感動できる。チンパンジーとコミュニケーションできないのは、基盤が違うからと言えます。

山縣 服の起源はどこにあるのでしょう?

海部 30万〜4万年前にいたネアンデルタール人は毛皮を加工していたと言われています。ホモ・サピエンスの時代になると縫い針などが出土してくるので、もっと着飾っていたでしょうね。

日比野 今年の「UENOYES」の野外写生大会では、アニメのキャラクターに扮したモデルも登場しました。

海部 コスプレは仮装ですよね。仮装や仮面の文化は世界中にある。仮面って、世界のいろいろな文化に普遍的にありますよね。

山縣 仮装や仮面には神との交信など、呪術的な意味もありますよね。ファションショーには日常で着られない服も出てきますが、じつは呪術と関係している。僕は祝祭的な衣装の現代版として創造されていると考えています。

日比野 なるほど。

海部 僕はアーティストのように表現することはできないけれど、研究を通して表現に役立つ材料は提供できると思います。科学とアートの融合には興味がありますね。

山縣 ファッションの面白さは人間の生々しいところや、意味のないところにすごくこだわったりしているところです。その意味で、海部さんの話は創造の種になりますね。

日比野 なぜ作るのか、自問自答したときに海部さんから共通基盤の話や、航海しなくてもいいのに海に出る話を聞くと、「これでいいんだ」とまた作り始めることができます。

海部 違う分野の方と話をするのは刺激を受けるので、今日はとても楽しい時間でした。今、プロジェクトの経過をまとめた本を執筆中(「サピエンス日本上陸」として講談社より刊行)ですし、丸木舟に設置した3DVRのカメラから撮影した動画の編集作業もしています。その動画を見ると、丸木舟の漕ぎ手からの視点で航海が体感できます。来年3月に国立科学博物館の全球型シアターで公開予定なので、ぜひ見に来てください。

[プロフィール]
海部陽介 Kaifu Yousuke
人類進化学者。理学博士。国立科学博物館 人類研究部人類史研究グループ長・「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」代表。1969年生まれ。東京大学卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。著書に「サピエンス日本上陸」(講談社 2020)、「日本人はどこから来たのか」(文藝春秋 2016;古代歴史文化賞)、「人類がたどってきた道」(NHKブックス2005)など。

日比野克彦 Hibino Katsuhiko
1958年岐阜市生まれ。1984年東京藝術大学大学院修了。1982年日本グラフィック展大賞受賞。1995年第46回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館作家。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)。地域性を生かしたアート活動を展開。現在、東京藝術大学美術学部長、先端芸術表現科教授。

山縣良和 Yamagata Yoshikazu
1980年、鳥取県生まれ。2005年にイギリスのセントラル・セント・マーティンズ美術大学を卒業。 在学中にジョン・ガリアーノのデザインアシスタントを務める。帰国後、2007年に自身のレーベル「writtenafterwards」をスタート。2015年、日本人で初めてLVMHプライズにノミネート。自由で本質的なファッションの教育の場として「coconogacco」を主宰し、 多くのクリエーターを輩出している。

文/角田奈穂子(フィルモアイースト) 撮影/三吉史高

UENOYES 2019/FLOATING NOMAD

会期:2019年11月9日(土)~11月10日(日) 
時間:11:00~18:00
会場:上野恩賜公園 竹の台広場(噴水広場)
WEB:https://uenoyes.ueno-bunka.jp/2019
※このイベントは終了しました。

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